この記事は、2022年5月に公開した記事に一部加筆・修正して再編集したものです。元の記事は2022年のものなので、その時点での原作に対する言及となります。
これまで「新世界編」以降の各章について、つまらない理由をつらつらと書いてきました。
気づいた方もいるかもしれませんが、903話〜908話の「世界会議(レヴェリー)編」については記事にしていません。
本当は「ワノ国編」の前に書こうと思っていたのですが、エピソード数が少ない上、ほぼ「匂わせ」に終始していて「何が起きたのか」「どうなったのか」が明かされていないため、内容に関する評価が難しく、保留していたのです。
内容や展開に関する指摘がないと、基本的にセリフ周りの指摘ばかりになり、これまでの記事と同じような内容になってしまうかと思ったためです。
ただ、ありがたいことに読者さんからリクエストをいただきましたので、現時点で書けることについて書いてみようと思います。
903話〜908話だけでなく、ワノ国編の途中で描かれた、956話「ビッグニュース」の内容も含めて語っていきます。
目次
「世界会議編」がつまらない理由
これまで、章と章の間で描かれる「世界情勢」は読者の注目の的で、むしろそこが一番楽しみという声も目にするほどでした。
だからこそ「世界会議編」ではどれだけ面白い世界情勢が描かれるのか、期待していた人も多いはずです。
しかしながら、面白い(というか先が気になる)のは「イム様の登場」と「シャンクスと五老星の対談(申し入れ)」シーンくらいで、他は読むのが苦痛になるほど退屈でつまらない内容でした。
その理由は、大きく以下の3つに集約されます。
- 再登場キャラがことごとく「ルフィ上げ」に利用される。
- セリフが不自然で説明的な上、個性の出し方が記号的すぎる。
- 「匂わせ」に終始し、ほとんど何も明かされていない。
脇役キャラのルフィ上げが酷い
「世界会議編」では、ルフィがこれまでの冒険で出会ってきた懐かしのキャラ達が続々と登場します。
それ自体は面白いと思える要素のはずなのに、そいつらにしゃべらせるセリフが「ルフィへの好意」ばかりで、意味のある会話が一切なされません。そのためせっかくの再登場シーンが台無しになっています。
ただルフィのことを「好き」だと明かし合い、その人気者ぶりを読者に「説明」するだけの気色悪いセリフのオンパレード。
「ルフィ上げ」のセリフを吐かせるためだけに登場させられた結果、前半の海ではあれだけ魅力的だったキャラ達も、個性が殺され、ただの意思を持たない小道具と化してしまいました。
コビー
まずコビーのコメントが気色悪い。
↑レベッカの持つ新聞を見て、「あ!! ルフィさん!!」と思わず口にしてしまうコビー。「さん」付けで呼ぶことで、海軍が海賊と親しくしていると思われてはいけないということで、「いや…“麦わらのルフィ”!! 一面に!!」と言い直す白々しい茶番を披露します。
完全にレベッカに食い付かせるためだけの「前振り」です。
案の定、食いついてきたレベッカから新聞を受け取ったコビーは、ルフィの記事を「じっくり..」と読み始め、
泣きながら「かっこいいなールフィさんはやっぱり…!! どんどん先へ行く…!!」と薄っぺらい感想を述べる。
「あなたが記事になる度…僕はあの日の事を…!!」と文末を濁して余韻を持たせながら、急に感慨に浸った含みのある「独り言」を「心の中で」吐くのですが、完全に説明セリフのため不自然でしかありません。
ルフィに向けて口にするならわかりますが、心の中で一人でこんな説明台詞を吐く人間なんていないでしょ。
「あなた」呼びも、ルフィに対する憧れや尊敬の念があるとはいえ、その想いの方が強くなりすぎていて、「友達」とは思えない呼び方になっているため違和感のほうが強く、媚びてるような気色悪さを感じます。
これ、「あなたが記事になる度…僕はあの日の事を…!!」という台詞まるまるカットすればなくせる違和感なんですよね。
にもかかわらず、わざわざ「あの日の事」という情報を入れるあたりに、ルフィとコビーの関係性について(わからない人は「あの日」の事を調べてみてね、読んでみてねという)説明を入れる、作者の作為を感じてしまいます。
レベッカ
また、追い討ちでレベッカ(とレオ)がルフィのことを「好き?」と聞いてきます。
「ちょっと話そうよー♡」「内緒にするから♡」とセリフに♡を付けるだけでは飽き足らず、吹き出しにも♡を描き、さらには船からも♡を飛び出させるという気色悪すぎる愛情表現。
ルフィの話をしたいだけで、「♡」を撒き散らしながらその愛情を押し付けてくるんです。
女性キャラにぶりっ子させて読者に媚びる描写や、「好き」という言葉を使って主人公の愛され具合や人気者っぷりを「説明」してくる描写がしつこくて、もう吐き気を催すレベルで気持ち悪い。
ルフィ上げのために利用され、ぶりっ子をさせられるレベッカが可哀想でなりません。
同様の気色悪さは、「ドレスローザ編」での藤虎にも抱きました。
ワンピースって、主人公のことを表面的な褒め言葉で形容しないのがよかったのに、「新世界編」以降は、とにかくわかりやすい言葉で、くどいほどにその魅力を「説明」してくるようになりました。
今の読者は、「好き」とか「かっこいい」とか「優しい」とか、わかりやすい言葉で説明しないとキャラの魅力が伝わらないとでも思ってるんでしょうか。
もし前半の海のような「粋」な描き方だと、今の読者に伝わらないと考えているのだとしたら、それは明確に間違いであることを編集者はきちんと伝えるべきです。
ビビ
その後、マリージョアではレベッカとビビ2人の美女によるさらなる「ルフィ上げ」が続きます。
まずセリフが不自然で会話になっていません。
レベッカの「彼らは世界を冒険してるんだ」に対して、「─ええ英雄にはなりたくない人達だから」というビビの切り出し、意味不明だと思いませんか?
今そんな話してないだろう。何を全然関係ない文脈でこれみよがしに「私わかってます」アピールしてんだ。
しかもその後に続く言葉が「悪名ばかり上がっていくけど…─きっと変わらないんだろうなみんな!」という自己完結台詞…笑 お前レベッカと話してたんじゃないのかよ…笑
このセリフから、作者は「ビビとレベッカとの会話」を描きたかったわけではなく、ただ久々に登場したビビにルフィについて触れさせたいだけであることがよくわかります。
会話をしているようでしていない。それぞれが勝手に独り言を言っているだけの滑稽なシーンです。
レベッカは「ルフィのことを知っている人がこんなにいるとは思わなかったけど、よく考えたら世界を冒険してるんだから知ってる人が世界中にいるのは当然か」と言ってるだけなのに、急に、「ルフィ達は自分達の活躍や功績を正しく世に伝えないため、世間には誤解されて悪名ばかりがあがっていく」という話をし出すのです。
つまり、「知名度」の話をしているのに、急に「評価」の話に変えて、さらに「変わらないんだろうな、みんな」と勝手に思い出に浸り出して、目の前にいるレベッカを無視した自己完結セリフを吐いているわけです。
しらほし
そこにしらほしも登場します。
美女3人から好かれ、話題の中心となるモテモテの主人公・ルフィ(を描きたい作者)。
「王族が海賊と仲良しだなんて事実を知られてはならない」という茶番設定が、薄っぺらいセリフの応手で「説明」されます。
「話してたって知り合いとは限らない!!」「待ってレベッカ! 聞き間違いだったら」「やめろ名前くらいみんな知ってる!!」とあまりにもしつこい。
で、最後は同じポーズで声をそろえて「いっしょ!!」と一言。
「ルフィに恩がある」という事実を共有し合うだけの、不毛すぎる会話です。
こんな「ルフィ上げ」のためだけの無意味なセリフを言わされるキャラ達が可哀想すぎます。。
ドルトン
その上、ドルトンまで登場してさらなる「ルフィ上げ」が続きます。
まずビビの「ええ 穴が空く程!」がいらない。ルフィへの関心(好意)の強さを表そうとする魂胆が見え透いていて気持ち悪い。
「えぇもちろん!(彼らのニュースは全て追ってるわ)」でいいじゃないですか。
もうキャラが発する言葉全てが「ルフィへの愛情深さ」を表すためのセリフなんです。
で、レベッカ(とレオ)は、ドルトンにもコビーにしたのと同じ質問をします。
うぉえ…吐き気が…。。
ドルトンの「大好きだ…」という返しが、もう作中最大レベルで気持ち悪い。。
ドルトンはそんなこと言うキャラじゃないし、そもそもルフィに感謝の気持ちはあれど、直接会話したシーンなんてほとんどないんですよ? にもかかわらず「大好きだ」なんて言葉が出てきますかね。
ルフィが島を出て以降、ずっとルフィのことをウォッチしていて、その想いを募らせていったんでしょうか? そう想像するとなおさら気持ち悪い。
「ルフィは国を救ってくれた恩人」→「だから大好き」という安易な感情の結びつけで、そのキャラの性格やルフィとの関係性を考えず、絶対に言うはずのない言葉を言わせてしまう。
そもそも国を救ったのはルフィ一人ではないのに、なんでルフィ一人を挙げて「大好きだ」なんてセリフが吐けるのでしょうか。一味全員に感謝しろよ。
「ドルトンさんもルーシーに助けられたの?(恩があるの?)」とか「ルーシーのこと知ってるの?」と質問して、「あぁ国を救ってくれた恩人だ 彼らへの感謝は計り知れない」とか「彼らには感謝をしてもしきれない」的なセリフを言わせればいいじゃないですか。
なんで周りに聞こえないようにボソッと「大好きだ…」なんて似つかわしくないセリフを吐かせるのでしょうか。
レベッカに「きゃー♡」「楽しくなりそう!!」なんて言わせていますが、完全に空気を読み違えていて痛々しい。
ルフィに恩があるキャラ同士が集まっているとはいえ、受けた恩の大きさや経緯、それに対する感謝の度合い、思い入れの強さやは、人それぞれ違うんです。
どんな恩を受けたのか、それによってどれだけ救われたのか、だからどれだけ感謝しているのか─そういう話をするのならまだしも、ただ「好き」という安易な言葉一つで好意を表し、それを全員の「共通点」にする浅はかさに嫌気がさしてしまいます。
「ルフィに国を救われたおかげで、今こんな幸せな国になっている」とか、「救ってもらったが今はまた新たな問題が出てきている」とか、「ルフィ達のその後の所業によって大きな変化に見舞われている」とか、国のトップ同士ならもっと国や世界を根底において会話しろよと思わずにいられません。
4年に一度の「世界会議」に来てるっていうのに、お前らルフィの話題しか話すことないんか?
頭の中ルフィのことでいっぱいか?
何を立場を忘れてルフィ一人の話題で頭いっぱいなんて、なんという能無しの王族達なんでしょう。
せっかく「世界情勢」を描けるチャンスなのに。「世界会議」の議題や、各国首脳同士の会話、マリージョア内部や客室での様子など、もっと描くべきことや、描いたら面白い部分がたくさんあるのに。
ただ「ルフィがこれまで救ってきたキャラ達を集めて、みんながルフィの話題で持ちきりになり、“好きだ”と表明し合う様子」ばかり描くという…。
ルフィに救われた人物達が、ルフィに感謝をしていて、人間的な魅力に惹かれている、好感を持っていることなど、今更言葉にして説明しなくても、読者はみんなわかってるんですよ。
読者が読みたいものが何なのか、もうわからなくなっているのでしょうか。
不自然な説明セリフと後付け設定
「かわいい」推し
小人族のレオを見たビビが一言。
「わあ かわいい〜〜〜♡」と吐いた後で、
さらに心の声でも「かわいい…」としつこく繰り返します。
このパターンは「ゾウ編」のロビンもやらされていました。
かわいいものを見て「かわいい」と言わせるだけの不毛すぎる会話、描く意味ありますか?
マンシェリーに対しては、「かわいい」という言葉は使われませんでしたが、
「はじめは恐がってすいませんれしたっ」がいらない。
「はじめは恐がった」ことを読者に「説明」したいがために追加した、不自然すぎる蛇足セリフです。
マンシェリーとしらほしが出会った時のシーンを想像してみてください。
初対面では(おそらくその大きさに驚き)恐がってしまったものの、しらほしに害がないことがわかったから、「アザ」を治してあげたわけです。
この後にわざわざ「はじめは恐がってすいませんれしたっ」なんて言うと思いますか?
言うとしたら、害がないことを知った時点や、アザを治してあげようと思った時点(アザを治す前)だと思いませんか?
害がないことがわかったから治したわけですから、「恐がってすみませんれした わたしの能力でそのアザ治してさしあげますね」と言ってから治すのが自然でしょう。
なんで心を許してアザを直した後に、「はじめは恐がってすいませんれしたっ」なんていらんことを言うのでしょうか。前後のつながりに想像が及んでいない、あまりにも不自然すぎる会話です。
また、ミンク族のモブキャラ同士の会話でも無意味な「カワイイ」押しが登場します。
「優しい村」というどうでもいい説明台詞に加えて、「笑顔はカワイイ」「確かに♡」という不自然すぎる会話でネコマムシの魅力を「説明」。
もうセリフのセンスが壊滅的です。そもそもこのやりとり自体いらないのに、なんで無駄なコマを割くのでしょうか。
「戦士の集団がゾロゾロ踏み込むべきじゃねェ」までで終わらせればもっとテンポよく話が進むのに、余分な雑音ばかり追加してくる。
だから物語が間延びするんです。
くまが「優しい」という謎設定
「暴君」として登場したくまが、突如「あの優しいくま」と呼ばれ出し、以前から優しかった設定になってしまいました。
作者も編集者も、「暴君」の意味わかってるんですかね? 「暴虐な、人民を苦しめる君主」ですよ?
仲間達にこんな笑顔を見せ、
「優しい」と評価される人間が、「暴君」と呼ばれるような王政を敷くはずがないでしょう。
もう設定がブレブレというか、後から変更しすぎです。
サボが怒り、救出に向かう理由としては、「うるせェ!! 仲間があんな目に遭ってんだぞ!!! 黙っていられるか!!!」だけでいいじゃないですか。
なぜくまに「優しい」という性格を後付けする必要があるのでしょうか。
どうせ「あの優しいくま」という説明と笑顔の回想を描くことで、
↑そのくまが今こんな目に遭っている、というギャップを見せ、小手先で同情の涙を誘おとしているのでしょう。
もちろん、国王として国を治めていた頃は「暴君」と呼ばれてはいたけど、その後、革命軍に入ってから「優しい」存在になった、という説明(言い訳)は可能です。
でもね、「前半の海」で描かれていた(すでに革命軍に入っている)くまは、「暴君」のイメージはあれど、「優しい」なんて言葉で形容されるキャラではありませんでした。
「暴君」で「かつて海賊として残虐の限りを尽くした男」ですよ? どこに「あの優しいくま」と言われる余地があるんですか。
この圧倒的強者感。鳥肌が立つほどの絶望感を与えてくれたくまを見て、実は仲間からは「あの優しいくま」と呼ばれる、にんまりした笑顔が素敵なキャラクターであることを誰が想像できるでしょうか。
できるはずがありません。だって、初期設定では絶対にそんなキャラクターじゃなかったはずですから。
スリラーバークで“麦わらの一味”を全滅させずに帰ってくれたことや、シャボンディ諸島で麦わらの一味を窮地から救ってくれたこと、2年後に一味が再集結するまで身を挺してサニー号を守ってくれたことから、くまの根本に「優しさ」があることなど、読者はわかっているんです。
しかしそれが「どういう優しさなのか」「どんな理由があってこんな行動をとっているのか」がわからず(描かれず)、笑顔ひとつ見せずに黙々と任務を遂行する姿から、そのミステリアスさも相まってくまの魅力になっていました。
なのに、それを「あの優しいくまが!!!」なんて薄っぺらいセリフと「笑顔」で表現してしまっては台無しでしょう。
こうやって余計な「説明」を加えて、読者の想像の余地を奪ったり、これまでの思い入れを無意味に踏み躙るようなことをするから、キャラクターの魅力がどんどん失われていくのです。
キャラクターの性格やその魅力は、作中で描かれたセリフや行動を見て、読者が勝手に感じることであって、他のキャラクターに「かっこいい」とか「優しい」とか「かわいい」とか薄っぺらい形容詞で「説明」させることで伝えるものじゃないんですよ。
そんなこと、プロの漫画家や編集者ならわかることじゃないですか?
実際、前半の海では、チョッパーに対して「かわいい」という言葉が使われることはほとんどありませんでした。あれだけかわいいのに、作中では安易に「かわいい」という言葉で表現されることはなかったのです。そこがよかった。
だから読者は忌憚なくチョッパーを「かわいい」と褒めることができました。
しかし、これを周囲のキャラ達が「かわいい」と「説明」しまくったり、本人が「かわいい」という自覚を持ってかわいい仕草や表情を押し出し始めたりしたら、読者はもうかわいさの押し売りに辟易して、素直にかわいいと思えなくなります。
「新世界編」以降、チョッパーの人気が急落しているのはここに原因があるでしょう。
かわいいものを「かわいい」と言い、かっこいいものを「かっこいい」と言う。「好き」な人のことを「好き」だと言い、優しい人には「優しい」と言う。
なんという薄っぺらい作品になってしまったんでしょうかワンピースは。。
個性の描き方が雑すぎる
ガープ
たとえばガープは、
- 事件が起こると喜ぶ
- 「ぶわっはっは!!」と笑う
- せんべいが好き
というのが主な特徴です。それがガープを表す「個性」であり、とりあえずそれを描いておけば「ガープっぽさ」を表すことができます。
だから安易にそれを挟み込んでくる。
↑ルフィが四皇2人に狙われていることを知って「ぷ──っ!! ウケる」とガキのように(不自然すぎるセリフで)笑う。
↑部下(同僚?)からの報告に「ぶわっはっは!!」と笑う。
↑事件が想像を超えて大事になることを予見し、(それを「喜んでいる」ことを説明するために)モブキャラに「なぜニヤニヤするの」と言わせる。
↑しらほしのデカさに「ぶわっはっは!!」
↑「疲れたろうネプチューン」で「ぶわっはっはっはっは!!」
もう「ぶわっはっは!!」と笑わせておけばガープの個性を表せると言わんばかりに、文脈など関係なくとにかく笑わせまくります。
こうやってキャラクターの個性を安易に「記号」で表そうとするから、キャラ本人の意思や言葉に見えず、作者の意図のほうが浮かび上がってしまうんです。
だから物語に入り込めなくなり、退屈でつまらない作品になってしまう。
ワポルとドルトン
続いてワポルとドルトン。
もう最初から最後までセリフがおかしすぎます。
「クソ真面目なコブラ王は元気かね? いや元気とは言えん姿を先程見かけたのでイヤミを言ってんだがな!!」
「イヤミ」とわかる自然なセリフが浮かばなかったがために、「イヤミで言っている」とキャラ本人に説明させてしまうんです。
それに対するドルトンのセリフもおかしい。
「ワポル!! つまらんひやかしはやめろ!!」はいいんですが、その後の「また不幸な国が生まれた様だな」が唐突すぎます。
「ワポルが世界会議にいる=どこかの国の王となった=また不幸な国が生まれた」ということなんですが、話が飛躍しており「会話」になっていません。
言うとしたら、「お前がこの場にいるという事は また不幸な国が生まれた様だな」でしょう。
もう「作者が触れておきたいこと」が多すぎる上、それを強引にセリフに詰め込んで「説明」させようとするもんだから、全てが不自然なセリフになっています。
その後のやりとりはもっとおかしい。
「家来の分際で」って、何年前の話をしてるんですか?
ルフィたちがドラム島に訪れた時より前に、既にドラム王国は滅びていて、ワポルの家来ではなくなってるんですよ?
その後、ワポルはルフィに吹き飛ばされてドラム王国から追い出され、2年が経っているというのに、未だに「家来の分際で」なんて言葉が出てきますか? 言うとしたら「元家来」でしょう。
「元家来の分際でおれ様に向かってそんな口を聞くとは!! 随分偉くなったじゃねェか!!」くらいが自然なセリフではないでしょうか。
ワポルの発言に対するドルトンの「今は立場は対等な筈だ!!!」もおかしい。
そもそも2年前から「家来」ではないのに、そこにツッコまずに「今は立場は対等な筈」と言うのが不自然すぎる。また自分が国王になったことで、「立場が対等」になったと「説明」するのもダサい。
むしろワポルなんて王とは認めず見下すべき対象でしょう。それを自ら「対等」と認めてイキがるんですから意味がわからない。
「貴様の言葉に耳を貸す気はない 世界会議中、せいぜいボロを出して追放されないようにな」くらいのセリフにして、ワポルなど相手にしないくらいの、もっと器の大きな国王の振る舞いを見せてくださいよ。
「今は立場は対等な筈」だと、過去の遺恨を引きずってる印象さえ与えてしまいます。
また、2年前(国王になる前)は、
「“世界会議”ではほんのささいな争いさえ戦争の引き金になってしまう」と言い、「それを知って耐える」幼少期のビビの「国政意識」に「頭が下がる」ほど感心していたというのに、なんで同じ「世界会議」の場で、わざわざ能力を発動して暴力を匂わせ、脅しによって解決しようとしてるんですか。。
お前ビビから何を学んだんだよ。
ささいな争いさえ戦争の引き金になる「世界会議」の場における、国王の振る舞いとは思えません。
なぜわざわざ変身したのでしょうか?
そう、読者にドルトンが“動物系”の「悪魔の実」の能力者であったことを「説明」するためです。
いらないんだよそんな説明は。「世界会議」の場で変身して暴力で脅そうとするなんて、おかしすぎて許容できないんだよ。
最後のワポルの「この正義の味方野郎!!」も酷い。何この捨て台詞…イヤミにすらなっていない、単なる褒め言葉じゃないですか。
ワポルもドルトンも好きなキャラクターだったのに、この再登場によって生理的に受け付けない大嫌いなキャラとなりました。
未だにイキがるドフラミンゴ
パンクハザード終盤でカイドウに冷や汗をかくほどビビり、その後ルフィに対し「あいつらをナメきって大火傷をした奴らは過去数知れずいる」と警戒していたにもかかわらず、なぜか急に「戦っても強そうには感じなかった」と舐め腐った結果、予定どおりルフィに敗北した作中屈指の小物、ドフラミンゴさん。
牢獄に入れられたというのに、未だにイキっています。
しかもイキりながら発した言葉が
「何だ この独房は …!! 淋しいじゃねェか…!!」って…笑
一人だと淋しいんですか笑
おーよちよち。
さらに「もしかしておれを守ってんのか? マゼラン!!」「来たのか? 上から刺客が」と、誰も答えてくれない独房で一人淋しくしゃべり続ける間抜けっぷりまで披露。
もう尾田先生は完全にドフラミンゴをただのギャグキャラ認定して、あえてそういう扱いをしているのでしょうか。
それならそうとわかるように描いてくれればいいものを、いちいち自分が高みから世界を俯瞰しているような大物感を出してイキってくるのやめてくれませんかね。
いやもうあんたはこの世界から退場してるんで…笑
イキって出てこないでもらっていいですか?
あんたの感想なんてもはや誰も興味ないんです。
いつまで独房で「フッフッフッフ」言いながら世界情勢についてコメントするご意見番をやらせるのでしょうか。
ドフラミンゴの「個性」が
- フッフッフッフという笑い方
- 世界情勢を俯瞰して面白がる
- 元天竜人(マリージョアの秘密を知る)
という3点セットでしか表現できず、登場するたびにワンパターンの記号的な描き方しかされないので辟易してしまいます。
前半の海ではあれほど魅力的だった敵キャラを、ここまで貶められるなんて作者も編集者もすごいですよほんと。
いや、イヤミで言ってんですけどね。
ビビ
しらほしが天竜人によって拘束されてしまい、キレるビビ。
しかしただ名前を呼んだだけで、別に攻撃をしようという素振りも、急いで駆けつけようという素振りもありません。ただ一歩前に出ただけです。
なのに「待て!! 何をする気だ!! アラバスタの王女!!」と止めるに入るモブがいらない。いや、何もしようとしてないじゃん笑
で、実際何をしたかというと、
後から登場したルッチの胸ぐらを掴んで「しらほしを返しなさい!!」と偉そうに命令するという謎行動。
天竜人はルッチの命令でやってるわけではないのに、なぜルッチに怒鳴り込むのか意味不明です。
「返しなさい!!」と偉そうに命令しておいて、その対象が当人じゃないんだから筋違いにも程があります。
「世界会議」の場で、天竜人を前にして、いきなり当人ではない相手の胸ぐら掴んで喧嘩を売るなんて王女とは思えない浅はかな行動です。
子供の頃、ワポルから理不尽な暴力を受けても、国の平和を優先して「耐えた」ビビはどこにいったのでしょうか。
10歳の頃のほうがよっぽど大人じゃねェか笑
「友達なの!!」という意味不明な理由を挙げるのも無能がすぎる。
なんで「友達だから」で返してもらえると思ってんだこのバカは。説得にも交渉にもならない本当に無意味な発言です。
ただ「友達のために危険を顧みず、(天竜人のような権力者やルッチのような強者に対しても)強気に立ち向かうビビ」を描きたいだけ。
ビビ本人の意思で動いているとは思えない浅はかな行動をさせた結果、ただの「頭の悪いヒステリックイキり暴力王女」になってしまいました。
それこそ、ドラム島でナミの病気を治してもらうために頭を下げた時のように、天竜人に対して「待って!!! お願いします その子を話してください 私の友達なんです」と王女の立場を忘れて土下座しようとする(それを周囲に止められる)とか、ルッチに「お願い!! やめさせて!! 友達なの!!」と懇願するほうが自然でしょう。
なんで(天竜人への発言権などあるはずがない)ルッチの胸ぐら掴んで、「友達だから」という理由で偉そうに命令してるんでしょうか。
とんでもない頭の悪さです。
その上、涙ながらに
「こんなのが人間じゃない!!」と安っぽい感動を誘う御涙頂戴要員として消費されるんだから、もう目も当てられません。。
尾田先生自身は、昔のキャラが再登場することで、古参ファンが喜んでくれるはずだと思って描いているのかもしれませんが、今の尾田先生に旧キャラを描かせると、ことごとく魅力を奪われ、嫌悪感を抱くレベルまで評価が下がってしまうので、今後一切、旧キャラは再登場させないでほしいです。
だって、あのミホークですらダサく描いてしまうんですもん。
ミホーク
「七武海制度」が撤廃され、海軍から追われる身となったミホーク。
四皇・シャンクスと拮抗する実力を持つ「世界最強の剣士」に対して、中将以下の雑魚だけで拿捕に向かう時点で、海軍の無能さがよく現れていますが、
「武者ぶるいがする…」というセリフを独り言で口に出すミホークがダサすぎて耐えられません。
必要最低限の言葉だけで、物事の核心を突くキレ味鋭いセリフを吐いてきたミホークに、なんでこんなダサいセリフを吐かせるのでしょうか。。
ペローナとの同棲生活がスタートした頃からキャラ崩壊は始まっていましたが、あれほどカッコよかったミホークの魅力をここまで毀損させられるなんて。。
キャラクターの色んな側面(魅力)を描こうとする一方、その描き方が表面的で薄っぺらすぎるため、本来持っていた(前半の海で丁寧に描いてきた)魅力まで奪われる結果となっています。
「久しぶりだな…追われる立場に戻るのは…」だけでいいじゃないですか。
ここまでくると、「前半の海」で蓄えてきたワンピースの「面白さ貯金」はもうほとんど残っていません。
このままでは読者離れは止まらないでしょう。
今まで培ってきたものに作者自身が積極的に泥を塗っていってるんですから。
モルガンズ
世界経済新聞社でのやりとりも酷い。
「事件につぐ事件だ!!」「よくこれだけの事が起きたな!!」という社員達の不自然な「説明会話」もひどいですが、何より破綻しているのはその後のモルガンズのセリフです。
口から出た発言、すべてがただの「説明」になっており、キャラ本人が自分の言葉でしゃべってるとは思えません。
「死者が出たんだ!!! 死亡記事は飛ぶ様に売れる!!」「だが 議決結果も最高だ!! 「殺人未遂」も胸が躍る!!!」
読み上げるだけで吐き気がするレベルで気持ち悪いセリフです。
「一面は一体どのニュースに!?」と聞かれているのに、「死者が出たんだ!!」とか「飛ぶ様に売れる!!」とか、「最高だ!!」「胸が躍る!!!」という感想で返すなんて意味がわかりません。まったく会話になっていない。
そもそも、死者が出たことも死亡記事が売れることも、「議決結果」や「殺人未遂」にニュースバリューがあることも、社員達は全部知っているはずです。
なんでわざわざ不自然な文脈で「説明」を差し込んでくるのでしょうか?
そう、モルガンズのこのセリフは、質問をした社員に返してるわけではなく、読者に向けて「説明」しているだけだからです。
死者が出たのであれば、「○○が死んだんだ!! 大物の死亡記事は飛ぶように売れるぞ!!」のように、具体名を出して興奮するのが自然でしょう。
「議決結果」も「殺人未遂」もそうです。「“七武海制度撤廃”も“○○の殺人未遂”も、世に知れれば大騒ぎになるだろう」というのが自然なセリフではないでしょうか。
なぜ固有名詞や具体的なトピックを挙げずに、ジャンルだけで会話するのでしょうか。
自分が編集長だとして、同じシーンでこんな不自然な発言をするでしょうか?
読者に対するネタバレを防ぎつつ、凄い事件が起きたことを「説明」しようとするからおかしなセリフになるんです。
もっというと、「死者」が出たニュースがあるのに、「殺人未遂」のニュースに「胸を躍らせる」のも意味がわからない。「死者」と「殺人未遂」なら、「死者」のほうが圧倒的に引きになるでしょう。
比べるまでもないのに、一面を決めるための会話の中でわざわざラインナップに挙げてくる。これも起こった事件を全部並べて、読者に「匂わせ」したいからです。
もちろん、「死者」よりも「殺人未遂をした・された人物」のほうが大物であれば、そちらのほうがニュースバリューが高くなることもあるでしょう。しかしそれを隠しているんですから、読者には伝わりません。
「死亡記事」に匹敵するくらいのニュースになる「殺人未遂」ってことは、相当な大物が関わる事件なのか? と「考察」すればいいのでしょうか?
一体どこを向いて、誰に向けて描いているのでしょうか。
まず社員達に「死者が出たぞ!!」「最高の見出しをつけろ!!」「いや議決結果も重大だ!!」などとしゃべらせて、「社長!! 一面は一体どのニュースに!?」と聞かせる。
それに対して「当然ヤツの死亡記事だ!! 大物の死亡記事は飛ぶ様に売れる!!」「しかし議決結果も 例の殺人未遂も世間を驚愕させるだろう…!! 両A面だ!! 裏一面も一面記事の構成でいくぞ!!」とモルガンズに言わせればいい。
そのほうがずっと自然な「会話」の中で、起きた事件の重大さを伝えられるじゃないですか。
なぜ編集者はセリフ回しの不自然さを修正しないのでしょうか。尾田先生の書くものが「最高」で「正解」でそれ以上の選択肢はないと本気で思ってるのでしょうか?
イワンコフがうるさい
サボに関するニュースに対するイワンコフのリアクションも違和感しかありません。
「待ってよどういうコッチャブル!! そんなわけない!! ウソでしょサボー!!! 『世経』でしょ!!? 大ウソツキの鳥社長め!!! あのサボよ!!? あり得ナッティブル!!! ヴァターシ信じないっ!!!」
もうしゃべらせすぎです。一人でどんだけしゃべり続けるんですかこのオカマ。
「信じない」のにどんだけ取り乱してんだよ。
なぜ不要なセリフを削ってシンプルにすることができないのでしょうか。
何が不要かって? 一コマ目のセリフ全部ですよ。
このセリフを見て、「しゃべりすぎ」「説明しすぎで不自然」「もっと削った方がいい」と思わない編集者は無能どころの騒ぎではありません。きちんと読んですらないのでは?
「待ってよどういうコッチャブル!!」「あのサボよ!!? あり得ない!!! 大ウソツキの鳥社長め!!!」
「まずは…事実確認だ…!!!」
だけで言いたいことすべて伝わるじゃないですか。
「ウソでしょサボー!!!」も「『世経』でしょ!!?」も不要だし、セリフとして不自然すぎて雑音にしかなっていません。
ちなみに、この「『世経』でしょ!!?」って、どういう意味で言ってるんでしょうね。
「大ウソツキの鳥社長め!!!」と続くので、こっちの世界で言う「東スポ」のように、「書かれてることに信憑性がないことで有名」ということでしょうか?
だから「『世経』でしょ!!?」「信じない」と言ってるのであれば意味も通りますが、「世界経済新聞」という名前がついてるのに、信憑性皆無のスポーツ紙扱いなんですかね…?
逆に、「世界」を冠する経済新聞だから信憑性には定評があり、だからこそ「あの『世経』でしょ!!? ってことは書かれてることは事実ってことじゃない」という意味で言ってるのでしょうか。
そしたら今度は「大ウソツキの鳥社長め!!!」と続くのが不自然です。その信憑性は「鳥社長」によって築かれてきたものなのに、信憑性を認めておきながら、鳥社長を大ウソツキ扱いしては意味が通りません。
いずれにせよ、正確な意味を読み取ることができない、読者を混乱させるだけの酷いセリフ回しです。
同じエピソードにモルガンズが出てるんだから、わざわざ「『世経』でしょ!!?」なんて言わせなくても、「大ウソツキの鳥社長め!!!」だけで伝わるんですよ。
何でこんなに不要な「説明」を入れてくるのでしょうか。。
「世経」という略し方が気に入っていて、それを会話の中でサラッと出す様子を描きたくて仕方がないんですかね? 後付けで唐突に登場した新聞社なのに。
イワンコフも前半の海では大好きなキャラだったのに、「新世界編」以降はただやかましいだけのオカマで鬱陶しく感じるようになってしまいましたよ。
面白いと感じた部分
「世界会議編」では、面白いと思える部分もいくつかあったので、最後にまとめておきます。
サンジとチョッパーのやりとり
まずはこちらのギャグ描写。「世界会議」に関する新聞記事を見たサンジのリアクションです。
「おれの話題で盛り上がったりしてんのかなァ♡」という勘違いっぷりに、ナミが「そうだといいわね」と相手にせずに流すやりとりが(定番ながら)好きです。
しかしサンジの表情がただの気色悪いセクハラジジイになっているのが台無しすぎる。ここを昔のように可愛げのある表情で描いてくれていれば普通に笑えたのに。
何でわざわざ読者が笑えないような気持ち悪い表情にして、サンジを貶め続けるのか意味がわかりません。
また、キャロットの「どしたの? チョニキ」もいらない。キャラ全員にしゃべらせようとするから不自然で無駄な情報が増えるんです。
ここは「!」か「!?」を入れるだけでいい。なんなら吹き出しすらなくていい。
今この話題にキャロットは必要ないんですから、姿だけ描いてそばにいることを伝えるだけで十分。セリフを言わせる必要などないんです。実際、チョッパーはキャロットの質問を無視してるじゃないですか。
前半の海では、どれだけ人数が多いシーンでも、無駄なセリフは挟まず、その場面で必要なセリフを、それを言うべきキャラクターだけが端的に発してきました。その場にいる様子は描くけど、セリフは発さなかった。
「新世界編」では、この辺りのバランス感覚が完全に崩壊していますね。
さて、その後の
「へーまだ生きてたのか…」「ウラァ!!!💢」のやりとりは、テンポのよいボケとツッコミで普通に笑えました。
ミョスガルド聖の登場
天竜人に狙われたしらほしをどうやって助けるのかと思っていたところ、過去にオトヒメ王妃が救った天竜人・ミョスカルド聖が登場します。
ベタな展開ではありますが、オトヒメの想いが伝わり、一人の天竜人が「人間」に変わってくれたことがこのタイミングで判明し、しらほしを救ってくれたことは胸アツです。
セリフも文句ありません。
でも、この後のレオのセリフがいらないんですよね。。
まず「あなたの命令といえば誰でもやっつけていいのれすか!?」というセリフの意味がわかりません。
「誰でも」って誰を指してんの? なんで理由もなく「誰でも」やっつけようとしてんの? 調子乗んなよ。
おそらく「もし、また天竜人が友達を傷つけるようなことをしてきたら、あなたの命令と言ってやっつけてもいいか?」ということを言いたいのだと思いますが、セリフが不自然な上、言葉が足りないため違和感しかありません。
「いや、誰でもはダメだろう」「なんで理由もなくやっつける必要があるんだ?」という疑問がまず浮かんでしまう。
もっと言うと、ミョスカルドが「会議中の7日間は私がしらほし姫についている」と言っているのに、なぜ「誰でもやっつけていいのれすか!?」という話になるのかわからない。
「ミョスカルドがついてるから天竜人から絡まれることはない(安心だ)」という話じゃないんですか?
なんでミョスカルドがつくと言ってるのに、レオが戦闘の許可を取ろうとするのでしょうか。お前なんぞお呼びでないんだよ。
それに対し「お…おう!!」と返すミョスカルドもおかしい。
その後に「姫達を守る戦いならば 私が全て責任を取ろう」と続けることで、レオの言葉の意味を補完しているわけですが、この「後から説明を加えて、前のセリフを成立させる」セリフ回しは絶対にやめたほうがいい。
会話として不自然すぎて作者の作意しか感じられず、キャラクター本人がしゃべってるように思えないからです。
「もしまた姫達が襲われたら あなたの命令と言ってやっつけてもいいれすか!?」
「お…おう!! わかった その時は私が責任を取ろう」
でいいじゃないですか。なんで最初に疑問の残る不自然なセリフを吐かせてから、後で補完するようなセリフ回しにする必要があるのでしょうか。
「虚の玉座」という設定
世界の中心に位置するのが1つの「椅子」であり、そこに「誰も座らない」ことが「独裁の欲は持たない」ことの現れとなり、「平和の証」になる、という設定のセンスが素晴らしいと思いました。
世界の中心と言われていたマリージョアの中でも、「椅子」がさらにその中心にあるというのが興味深い。歴史的な成り立ちにも興味が湧いてくる、深みのある設定です。
ただし、このシーンもステリーが雑音として入ってくることで台無しになっています。
ステリーを登場させる(ステリーが「誓い」を立てる過程で「虚の玉座」の説明をする)こと自体はいいのですが、「あそこに座れば世界の王…!!!」「座りてェ〜〜〜!!!」というリアクションがあまりにも浅すぎる。
なぜ今の話を聞いて「あそこに座れば世界の王…!!!」という短絡的な結論に至るのか意味がわかりません。
勝手に座ったら、全世界への背徳行為となって追放されるだけだとわからないんですかね。「あそこに座れば世界の王…!!!」じゃねェよ。座るだけじゃ意味がないこともわからないのか?
「権力を欲するバカ」がステリーの個性だとしても、その描き方があまりにも浅すぎて違和感しかありません。
イム様
「世界会議編」で一番驚いたのは、イム様の登場でしょう。
まだどんなキャラクターなのか明かされてないため、果たして本当に登場させる必要があったのかどうかは評価できませんが、風貌がこれまでのワンピースのキャラから逸脱しているので、それだけでインパクトがありました。
シャンクスと五老星
「世界会議編」でもう一つ気になる「匂わせ」がシャンクスと五老星の対談です。
このシーンには無駄なセリフが一切ないため、批判する箇所はありません。
このように無駄のない自然な会話をしてくれれば、ワンピースは面白くなるんです。
ストーリーや構成については尾田先生の力量に任せざるを得ないでしょうが、セリフ周りは編集者の指摘によっていくらでも改善できるはず。
それだけで作品の面白さは大きく変わるのに、それさえやらない(できない)今の編集者は無能としか言いようがありません。
まとめ
結果、面白いと思ったシーンにも雑音が多く、ダメ出しばかりになってしまいました笑
ダメ出しなく楽しめたのは、イム様のシーンとシャンクスのシーンだけですね。他は再読したくないレベルでつまらない、鳥肌が立つレベルで気色悪いシーンのオンパレードでした。
イム様やシャンクスのシーンについては、「物語も終盤に入っているのに、また新たな謎や匂わせ(もしかしたら後付け)を増やすなんてあり得ない」とネガティブな評価をする人もいるかもしれません。
私としては、まだ詳細が明かされていないため、現時点では良し悪しを評価できない、というのが正直なところです。
この後の描かれ方によっては、すべてぶち壊しになる可能性もありますね。
私の中で「ワンピース」は「史上最も好きな漫画」であり、まだ「前半の海」での評価の貯金が残っているからです。
ワンピースが大好きだったからこそ、この先改善されることを(いつまでも)期待して読み続けてしまっているわけです。その期待や熱量がゼロになったら読まなくなると思います。
実際「エッグヘッド編」以降、つまらなさが許容量を超えてきており、熱量は急速に冷めてきています。コミックスも104巻からついに購入をやめました。
ジャンプは購読して読み続けていますが、これもお金の無駄だと感じるようになったら卒業するかもしれません。
ニーズがあるからです。
上記の通り、最初は「史上最も好きな漫画」であったことから、(この先つまらないワンピースとして残りのエピソードが削られていくことに耐えられず)改善されることを願って批判をしてきましたが、もはや作品は崩壊し切ってしまったため、今は改善を期待しているわけではありません。
ただ、ワンピースという作品は、日本一売れている漫画だからこそ、熱量の高い(高かった)読者も多く、私と同様に「つまらなくなってしまった」と感じ、それを無念に思い、不満や釈然としない気持ちを抱えている読者の数も多いのです。
そういう方達にとっては、自分の気持ちを代弁してくれる記事や、自分の本音の感想をコメントして、同様の感想を抱いている方達と共有できる場には一定の価値があり、そうしたニーズに応えることにもまた一定の価値があると思っているため、運営を継続しています。
ニーズがあるからです。
ブログのようにテキスト情報だけ(それも超長文)だと、文章を読み慣れていない人にはハードルが高かったり、読む気にならなかったりする(実際、そのような声やリクエストがあった)ため、記事を動画化してYouTubeに投稿することにしました。
もっと批判や誹謗中傷コメントで溢れるかと思っていましたが、(ブログ読者の方に限らず、新規の方でも)共感し、更新を楽しみにしてくださっている方が相当数いて、ここにもニーズがあることがわかったため、運営を継続しています。
余計なお世話としか言いようがありません。
自分の人生の時間の使い方は自分で決めます。
あなたこそ、見ず知らずの他人の人生に意見するような無駄な行為に時間を使うのはやめたほうがいいのではないでしょうか?
他人の人生に口を出す前に、どうぞ自分の人生の心配をしてください。
論理が破綻しており、全く筋違いな言い分です。
プロの作家が商業作品として世に販売している時点で、それを購入した側が評価したり、感想を述べたりするのは当然に許された権利です。
私は読者(消費者)であって、漫画家ではありません。漫画を描きたいわけではなく、面白い漫画を読みたいからお金を払って購入している立場であり、購入した作品の内容に不満があるから、批判的な感想を述べているわけです。
あなたはお金を払って観に行った映画が酷い仕上がりでも、「自分に映画は作れないから文句は言えない」と考えて口をつぐむタイプですか?
購入したゲームがクソゲーでも、「自分では作れないから文句を言う資格はない」と考えるタイプですか?
お金を払って観に行った音楽ライブで、アーティストが音を外したり声が出てなかったり歌詞を間違えまくったりして全く感動できないパフォーマンスを披露しても、「自分のほうが歌が下手だから批判すべきじゃない」と思うのでしょうか?
飲食店でマズい料理を出されても、「自分で作れないんだから(店を開いてないんだから)文句を言う権利はない」とか、「文句を言えるように、まずは自分で作れるようになろう(店を出せるようになろう)」と思うのでしょうか?
市場に商品として投下されている時点で、それを購入した消費者からの評価は避けられません。作り手はそれを分かった上で、自らの意志で作り手側(買い手から評価される立場)を選んでいるのです。
一方の消費者は、自分ではできないからこそお金を払って人に任せているのであり、そこで期待したクオリティに達していなかった場合に、低評価を下したり、批判したりするのは当然に許された権利です。
「購入した商品について批判するためには、自分がその商品以上のクオリティのものを作れなければならない(文句を言うなら自分で作れ)」なんてあまりにも本末転倒で筋違いな暴論です。
頭の悪い人だとバレてしまうので、金輪際そうしたコメントはしない方がいいですよ。
尚、私がこのブログで批判しているのは、基本的に尾田先生(漫画家)ではなく、担当編集者です。編集者視点で、「なぜこの部分を直さないのか」「なぜこの内容でOKを出してしまうのか」という批判をしているのです。
その意味でも「文句言うなら、自分で描いてみては?」という主張は的外れですが、もし「文句言うならお前が編集者をしてみろ」と言われ、実際に依頼をしていただけるのであれば、私は喜んでお受けします。
そして、私が編集者になった後のワンピースがつまらなければ、当然批判も受けとめます。
その覚悟を持って(編集者を)批判していることをご理解いただければと思います。
心配しています。
このブログでは、基本的に尾田先生ではなく、担当編集者を批判するスタンスをとっており、尾田先生の健康や多忙を心配するコメントを過去に何度もしています。
なんなら長期休載に入ることや、連載ペースを落とすことを推奨している立場であり、そうした対応をせずに原作以外の仕事を次から次へと振りまくって尾田先生に負担をかけ、作品の劣化を放置し続ける編集者を批判しているのです。
なぜなら、1人の人間が週刊連載で何十年も面白い作品を(世間とのズレを生む事なく)描き続けることなど、そもそも不可能だからです。肉体的に困難なのはもちろん、作者1人の感覚で何百万人という読者の感覚とズレることなく、質の高い作品を描き続けることなどできるはずがないのです。
そのズレを正すのが編集者の役割であり、作品の質を維持するためには編集者の客観的視点が不可欠だというのに、全く機能していないことが露骨に作品に出てしまっており、にもかかわらず原作以外の大量の仕事を振って尾田先生からネームや作画の時間を奪い続け、作品の劣化に歯止めがきかない状況を進行させているため、その点を指摘して批判をしているわけです。
尾田先生の健康面の心配はしていますし、「作品への批判」と「健康面への心配」は両立するものです。
思いません。
「少年漫画」だから大人の観賞に耐え得るクオリティになっていなくて当然(あるいはそれでも問題ない)という考え方は、「少年」の読解力や感性を「(自称)大人」の勝手な思い込みと偏見で侮り、間接的に「少年漫画」を見下していることと変わりません。レッテルに囚われた思考停止人間の典型です。
少年を侮り、少年漫画を見下し、少年漫画のファンとして感想を述べ合う大人達を「異常」だと言ってのける人間のほうが、よっぽど異常だと私は思います。
読者アンケートの順位は相対的なものなので、「1位のままだからワンピースは劣化していない」という論理は成り立ちません。
ワンピースがどれだけつまらなくなっても、他の作品が抱えているファン数がワンピースよりも少なければ、ワンピースは永遠に1位のままです。「アンケート回答するファンの数=作品の絶対的な面白さ」ではありません。
ワンピースは「前半の海」で蓄積した熱狂的ファンがあまりにも多いので、ジャンプのアンケート回答においては、今度もほとんど1位をとり続けるでしょう。
私の中で「信者」の定義は、「何を描かれても無条件に絶賛し、全て肯定的に解釈して作者を持ち上げる読者」を指しています。
そのため「つまらない部分やおかしいと思う部分は多少あれど、普通に面白いし楽しめている」とか、「前半の海よりも面白さが失われたとは思うけど、新世界編も総じて楽しめている」といった読者は、私の言う「信者」には含まれません。
作者にとって有害かどうかは作者が決めることですので、本人に聞いてみてください。
ただ「つまらない」「くだらない」「ゴミ」「読む価値がない」「お金の無駄」「オワコン」「資源の無駄」といった捨て台詞で、作品を貶めるだけの(ほとんど誹謗中傷でしかない)批判は「有害」だと思いますが、きちんと作品を読み込んだ上で、「なぜつまらないのか」「何が問題なのか」を考え、「どうすれば改善されるのか」まで提示した上で行う「論理的な批判」は、(作者個人は求めていないにせよ)私は「有害」とは思いません。
というより、そうした批判を行う権利は誰にでもあるので、それが有害かどうか議論すること自体がナンセンスです。
それこそ「嫌なら読まなければいい」のです。
煽り体制が低いのは事実ですが、勘違いコメントや難癖コメントを放置すると、それを見た方に誤解を与えたり、場が荒れたりしやすく、早々に対処しておく必要があるため、説明なり反論なりをしています。
えてしてそういうコメントをする人ほど、放置するとそれを「肯定」と見做して、さらに誤解を強めて暴走しやすい傾向にあるからです。
たとえば「煽りコメントにだけ返信してねェw 効いてる効いてるww」とか「図星だから反論できねェんだw」とか「何も言い返せないから逃げやがったww 悔しかったら反論してみろやww」のような言い分です。(そうなると対処にさらに時間がかかるので、早めに処理しています)
また、私への直接的な質問系のコメントやうれしいお言葉にも、できるだけ早めに答えるようにしています。
記事への感想や建設的なコメントについては、読者さん同士でコメントやリアクションをしていただけているので、慌てて私がコメントせずにおまかせしている部分もあります。私がコメントするとそこでやりとりが終わってしまい、読者さん同士の会話が生まれづらくなったりもするので。
色々状況を観察しながら、よいコメント欄になるよう運営していきたいと思っています。
ルフィ上げについてですが、そもそもワンピースという物語はルフィありきの物語なんです。
どういうことかというとまず僕が違和感を感じたのはドレスローザ編です。終盤の展開的にはドフラミンゴを倒すのはルフィ一人に任せなくてもいいのではないかと思いました。もっと言えばルフィである必要性を感じません。別にゾロでもいいし、コロシアムの参加者でもいい。しかし、最後は主人公がボスを倒さないと少年漫画としては面白くないのでルフィ頼みになります。
前半の海ではクロコダイルとルッチはルフィでないと倒せないという理由付けがされていましたが、ドフラミンゴはルフィでないと倒せないという理由付けはされていません。
カイドウはルフィでないと倒せないのでルフィが倒しましたが、ワノ国の侍はルフィたちの前座でしかなく結局ルフィが倒して終わりでした。
ホールケーキアイランドも最初はサンジが主役だったのに後半はいつの間にかルフィとカタクリが主役になりサンジは脇役でした。
だからワンピースという物語はルフィなしでは成立せず、ルフィ頼みで最後はルフィが敵をぶっとばして終わりです。
そこまでルフィを上げるのは尾田先生がルフィが大好きだからでしょう。コミックスの表紙には敵の幹部全員と99、101巻のようにつながる表紙以外は、必ずルフィがいます。96巻んておでんが主役で、ルフィなんて1コマしか登場していないのに表紙におでんよりも大きくしかも真ん中にルフィがいます。それだけ尾田先生がルフィが好きなのでしょう。
以上がルフィ上げの理由です
何故自分の評価が世間の総評のように語るのか・・・
今更ですが、一箇所だけ自分が世界会議編で「流石に無い」と感じたシーンを吐き出させてください。
なべおつさんも指摘されていましたが、ドルトンさんの「大好きだ……」という返しがとにかく気持ち悪いです。レベッカ達に「ルーシーのこと好き?」と聞かれたから「好き/嫌い」で返さなければならない、と考えたのでしょうが、ドルトンさんが「大好き」なんて言葉を使うのは考えられません。作者は「同性にも好かれるルフィ」像を示したかったのかもしれませんが、そんなことしなくても作中のキャラクター達が皆麦わらの一味に好感を持ってることは分かりきっているでしょう。あえて作中で述べるなら、指摘通り「好き」という安易な言葉ではなく「感謝」の気持ちを持っていることを示すべきです。「大好きだ……」と小声で表現させるのは、BL的な要素を感じ取ってしまって生理的に「無理だ」と捉えてしまいました。
ドラム王国編は大好きなエピソードの一つで、あんなに素晴らしかったキャラクター達をこれ以上穢さないでほしいので、ドルトンさんもドクトリーヌも登場はこれっきりにしてほしいです
長い上に気持ち悪いしか書いてない
もうあれだ読まなきゃいいだろ
最近世界会議編を読み返して、あまりの酷さに感想を探しまくってここに辿り着きました。解釈一致でとても嬉しいです。
全体的に違和感や不快感のある台詞が多かったですが、私は特にビビの「違う!これが地上じゃないわ!」という発言にイラッとしました。
だって、文脈から考えて「これ」って天竜人がしらほしを連れ去ろうとした事ですよね?そんなのどこでも当たり前のように行われてるじゃないですか。天竜人は天竜人以外を好き勝手に物のように扱って、それを誰も止められないじゃないですか。どう考えても間違いなく「これが地上」です。それなのにその地上の理不尽を今まさに経験している相手に向かって「これが地上じゃない」だなんて、あまりにも自己中心的で欺瞞に満ちた台詞です。
直後に「こんなのが人間じゃない!」と続いているのでもしかしたら「天竜人が飛び抜けて悪質なだけで人間の本質はこうじゃない」ということが言いたかったのかもしれませんが、それをこの状況で言うこと自体が的外れであることには違いありません。ネプチューン王は天竜人がしらほしに無体を働くことを許容せざるを得ない地上の現状を問題視していて、人間の本質の話はしていないからです。
そもそも、ビビの優しさに感謝を示した時点でネプチューン王が良い人間の存在を認識していることは明らかです。それなのに天竜人のような人間ばかりではないと主張されてもそれは知ってるけどだから何?という感想しか出てきません。
あまりに的外れで自己中心的な台詞の上に涙を浮かべたあの表情なので、友達と引き裂かれる悲劇に酔っているようにすら見えて本当に不快でした。聡明で勇敢な王女様だったビビはもういないんだな……と残念でなりません。
ここのコメ欄とこの記事書いた人捻くれすぎてて笑う。純粋に楽しめないなら読まなければいいのにって思ってしまう。イキリたいチー牛がたくさんいるみたい。
初めてコメント書きます。自分がレヴェリーで気になった点やがっかりした点はほとんど書かれているので、少しレヴェリーとは関係が薄い話を。当方は魚人島序盤からまともに読まなくなったので、新世界編以降の情報はそこそこ記憶があいまいです。
自分が情けないですが長らく勘違いしてたことがあって、1043話でカイドウに潰された安否不明のCP0(おじさんと呼ばれがちなあの人)はロブルッチの兄だと勘違いしてました。実際はそんな話存在しないのに。
ワンピース無料で読める時期にレヴェリー読んだけど、あのおじさんレヴェリーには一切登場してないみたいだし、ルッチとは(ワノ国編の)電話以外の会話がなく、ただ単にキャラクターの雰囲気か何かで勘違いしたのだと思います。
勘違いが一つ減って良かったけど、長期連載で生じる弊害がワンピースでは多すぎる。レオとか、記事を読んで思い出したけど、こびと系の登場人物は印象が薄く記憶に残らない。(大きくてくどいキャラが多すぎる)
いつの日か、なべおつさんの更新が止まってしまったら、自分もワンピースから完全に手を引くタイミングになる気がします。
くまの描写に関して、私の意見を申し上げてもよろしいでしょうか?
もちろんルフィ達海賊や海軍(および世界政府)の視点では、「暴君」で「残虐の限りを尽くし」、「笑顔を見せないミステリアス」な印象なのは仰る通りだと思います。
しかし、発言および回想の主は同じ革命軍のサボです。外部からは冷徹に見えても、近しい仲間に対してはより柔らかい表情や優しい対応を見せることは往々にしてあるように思います。10歳の頃から共に過ごし、(アニメやSBSから察するに)鍛えてもらっていたサボからしたら尚のことでしょう。
読者も察するくまの”優しさ”を、10年間面倒を見てもらってきたサボが感じ取っているのはそこまで不自然な描写でしょうか?サイボーグ化した後ならともかくまだ人間の頃に、子供の仲間に笑顔を見せることはいくら元暴君であろうと有り得ることではないでしょうか?
(個人的には独裁者とか暴君って身内には寛容なイメージがあります。ヒトラーが身近な子供に優しい表情を見せていたことは有名ですね)
なべおつ様のご意見をお聞かせ頂けますと幸いです。
私はこの辺りの世界情勢が好きだし面白いと思える要素はあるからこそワンピースが好きです。でもあなたの言うとおり今まで培ってきたキャラの魅力が削がれているのはショックでなりません。(特にミホーク。)尾田先生も編集者も今のままではだめだと気づくべきだと思います!
個人的に世界会議での会話はドルトンよりも、その前のドレスローザ組の「ルーシー好き?」のほうが気持ち悪かったです。自分や国の恩人に対して感謝の念を抱くのは自然ですが、それを短絡的に「好き」の一言で済ませるのが浅慮すぎるというか、レベッカってこんな馬鹿女キャラっだったっけと思いました。ドルトンは○○は好きか?と聞かれたから質問通りに好悪のどちらかを答えただけで、むしろ幼稚園児みたいな会話の被害者だと思います。
露骨なルフィageが気持ち悪いですよね
昔はルフィたちの本質を知ってるのが一部の人だけで他の奴らはただの迷惑な海賊として認識してるからこそよかったのに
これだけルフィのことを知ってる人間がいるとただのファンクラブみたいで気持ち悪い
ドラゴンボールだって悟空たちの活躍を一般市民が知らないからこそ面白いし
だからこそ天下一武道会の審判の人みたいに極一部の「一般人なのに強さを知ってる」キャラが映えるわけであって
モブキャラがが「さすが俺たちの悟空!」「ベジータ素敵!!」とかなってたら絶対にクソ漫画になってたと思う
あとやっぱバギー編のペットショップのおっさんみたいに
「表面上はルフィのことを嫌いなふりをしてても実は認めてる」みたいなキャラの方がかっこいいし読者もニヤニヤしてしまうよね
あとコビーは余計なこと言うくらいならゾロについても言及すべきだし
ドルトンはチョッパー、トンタッタ族はウソップのほうに言及してた方がよかったと思う
全員馬鹿の一つ覚えみたいにルフィルフィでお前らルフィしか知らんのかって言いたくなったわ
ビビとレベッカが同じポーズで声をそろえて「いっしょ!!」というシーンが見たくないほど辛いです…。
そんなわかりきった描写なんで描く…。せっかくの女性キャラが台無しです。
モテモテの主人公とか鬱陶しいです。
なべおつさんの的確な批評に感服しております。過去キャラをただ出せば読者は喜ぶと尾田先生が考えてるのはまさにその通りですね。我々読者も見くびられたものです。画が同じだけで性格は変わってしまってるものばかり。
モルガンの説明描写もほんとうんざりしました。そこで話せばいいものをわざわざ隠して先延ばしにする。翌週くらいで明かすのならまだいいのですが、二年以上待たされるわけですからね。
サンジ、ナミ、チョッパーのあのやりとりは私も笑いました。ああいう昔ながらのやり取りは時々いい時がありますね。
ロボットに男性キャラ目キラキラ、女性キャラ真顔みたいなのはこすりすぎてもういらないです。
カイドウ戦が終わったのでまた世界情勢編が始まると思いますが一段落したら感想お願いします。
くまは確かに連載時に読んで違和感を持ちました。お前そんなキャラだったのかと。
尾田先生の脳内では暴君から優しくなった理由が完結しているんでしょうけど描写不足過ぎてわからないです。
キンクリ並みに過程をすっとばして結果だけ描くようになっちゃいましたね。
いつまで匂わせてんだと。4皇二人倒しても殆ど何も分かってない。一度に色んな伏線()を回収するにしても情報量に偏りが生まれるだけ。
エピソードとしてではなく、重要な情報のあるコマやページ以外、読み返される魅力が無い。
一方で、答えを出し渋ってるかと思えばニカやルナーリア族は乱闘の中で「敵がご丁寧に」話しだす始末。
このブログで何度も指摘があるように、効果音とモブ解説、オーバーリアクションに頼った描写の乱発で胃もたれする。
シーン毎の「静と動」のメリハリ、余白の活用が少なく、線が雑になった事で空間の表現にも乏しい。正直映画の監修とか、わざわざ「全伏線、回収開始」とかハシャいでないで、本家本元のワンピースをしっかり推敲して欲しい。
漫画以外の仕事も、大きく張った宣伝も、結局本編に完成度が無きゃ意味無いんだから。
個人的に変な喋り方や不自然な語尾のキャラクターが好きじゃないのもあってか
不自然な会話の流れ中でその会話のメイン部分に完全に不必要なキャラが変な語尾を使って無駄な台詞を言って流れを悪くしてるのが非常に気になる。
長期連載でキャラクター数も半端なく多くなってるのも分かるけど
無理にキャラを動かさなくていいと思う
結果、無理に動かしたキャラが崩壊してたら世話が無い
削れる所は削らないと
ルフィ持ち上げは本当に気持ち悪いです。
ファンが書いた二次創作であれば納得できますが…
今回も楽しく読ませていただきました。相変わらず読み応えのある記事で面白かったです。
私自身の理想ですが、コビーはもっと葛藤を描いてほしいと思いますね。
恩がある人物が立場上自分の敵であるということは、普通に考えたらそれだけ葛藤が生まれるハズで、恩を取るか立場を取るかで将来重大な二択を迫られるかもしれないということを危惧するのが自然だと思うんですけどね。
お互いに名を上げるということは、それだけ個人の意思より集団の上に立つという立場が強くなるわけですから、そのあたりの両者の葛藤を描いて欲しいと思うわけです。完全に私自身の理想を押し付けたわがままな願望ですけどね。
何がかっこいいなーだよと。もっとこう他にもあるだろと。。そう思うわけです。
作者が人との対話が下手くそなんじゃないかな
自分の話したい事だけを一人で捲し立てる様に喋って、望むリアクションが返ってこないと勝手に不貞腐れるタイプ
初期は思春期の初デート並みに相手に気を遣って周り(編集者)とも相談しながら話してたのに
今は周りにヨイショされて調子に乗って好き勝手喋くってる勘違い野郎みたいになってる
世経でしょ!?については、情報操作依頼が来ることから見ても、世界政府の息がかかっている新聞社であり(そのため世界の名を冠している)、海賊サイドから見ればスポーツ新聞と同等なものなのではないでしょうか?
そうしたらなおのこと、信じないと言うイワンコフのリアクションと整合性が取れなくなっているのですけどね…
体に毒だから吐き気我慢してまで読まないほうがいいと思いますよ
この記事にあるように会話が成り立ってない&キャラ崩壊で読んでた当時は全くストーリーが頭に入ってこなかった
キャラ持ち上げ描写は世界会議編に限らず新世界に入ってからずっと続いてて読んでると吐き気がしてくる
世界会議編は今後の展開を匂わせるのが目的なのでこれでいいと思います。どこまで読者に明かして、再登場キャラもちゃんと喋らせてってのを0から描くとなるとキャラに自然な会話をさせるのはかなり難しいことなんじゃないかと。編集が客観的視点を持って少し口添えすれば良い話ですけどね。
キャラ持ち上げ描写は私も嫌いです。「粋」が売りの一つだったワンピースで野暮な描写が増えてしまっていることが残念でなりません。増えてしまっているというかそればかりになっていることが…
口を大きく開けながらフッフッフ笑うドフラまじすごいw