さて、ようやく私が(第1話のシャンクスが左腕を失ったシーン以降)「ワンピースやべェ…!!」と改めて感じた、思い入れのあるシーンが描かれた第6話です。
ここまでの描き方から、私は勝手に「ゾロはプライドが高くて素直に人の下につくことはせず、手なづけるのに苦労しそうな関係性」になるのではと思っていました。それこそドラゴンボールのベジータのように、悟空にとってのライバル的な存在で(ただの仲良しこよしではなく)手を焼く関係性のイメージです。
ただ同時に、そのような既視感のある関係性になるなら、二番煎じ感が出そうだなとも思いました。
しかしゾロは仲間になってすぐ、言葉を要しない以心伝心で(ルフィを助けるという)初仕事を軽くこなし、「お安い御用だ 船長(キャプテン)」と笑顔で返して、速攻で自分がNo.2のポジションになることを受け入れました。
このセリフに当時の私は大興奮し、「こんなに強くてカッコよくてプライドも高そうなゾロが、速攻でルフィを信頼し、その下につくことを受け入れるのか…!」と驚き、その展開にシビれました。
私のような一読者の安易でチープで予想をあっさりと裏切り、これ以上ない最高にカッコいいセリフと展開で締めてくれたわけです。
ここで「ワンピースやべェ…!!」と感じ、一気にのめり込んでいく形になります。
目次
第6話「1人目」が面白い理由
ルフィのマイペースさ
海軍の大勢から一斉に斬りかかられている状況で、
「くっそーかてェなァこの結びめ…(ふうーとれねェ)」
とまるで緊張感なくマイペースにゾロの縄を解こうとするルフィ。ここのルフィの表情と手描き文字のシュールさが可愛くて好きです笑
「おい !! グズグズするな!!」
と焦りツッコむゾロに
「まァ待てようるせーな」
と返すルフィ笑
「待ってられる状況じゃねェだろっ!!」
ゾロのツッコミがどれも的確で笑えます。
その後の「お! 解けたよ片方の手っ!(ほら)」はさすがにのん気すぎてやりすぎ感(アホにさせすぎ感)がありましたが、片方解ければあとはゾロの刀で切ればいいだけ、という展開につなげるためなのでまぁ許容範囲でしょう。
“三刀流”の描き方
ゾロの“三刀流”披露シーンがまたカッコいい。
ここで初めて、“三刀流”は刀の一本を口に挟むのだとわかります。
「そんな無茶な…笑」とは思うものの、普通にビジュアルとしてカッコよくて、「個性」としても唯一無二で、他にカブるキャラが存在しないレベルで引き立っています。
尾田先生はキャラの描き分けや個性の出し方が本当にうまく、ゾロのような目や髪型のキャラなら世の中にたくさんいそうですが、「口に刀を加える“三刀流”」とすることで、他と絶対にカブらない唯一無二のキャラとなっています。さらにここに「腹巻き」と「黒手拭い」という特徴的な記号も備わっているため、さらに個性が強化されています。
初登場時からここまで完成されたキャラデザだというのに、なぜわざわざ「2年後」にそこに無駄な情報(左目の傷や微妙なクセっ毛など)を加えてしまったのか理解に苦しみます。
ゾロの野望とルフィの器
「こうなったらもう名前の浄不浄も言ってられねェ!! 悪名だろうが何だろうが おれの名を世界中に轟かせてやる!!!」
「さそったのはてめェだ!! 野望を断念する様な事があったら その時は腹切っておれにわびろ!!!」
このセリフもゾロの生き様や覚悟の強さが感じられ、一文字も無駄がないためスッと入ってきます。
ちなみに私は、腹切ってわびるほどの責任を負う「野望を断念する様な事」(つまりルフィのせいでゾロが野望を断念する様な事)とは具体的にどのようなケースが考えられるか(ゾロはどのようなケースを想定しているのか)、当時想像してみたのですが、いまだにイメージが湧かないんですよね…笑(もし具体例が挙げられる方がいたら教えていただきたいです)
これに対してルフィは、
「いいねえ 世界一の剣豪!! 海賊王の仲間なら それくらいなってもらわないとおれが困る!!!」
と返します。このセリフはルフィの器のデカさの表れとなっているだけではなく、同時にゾロを超える器(ゾロの上に立つ男の器)であることの表れにもなっています。
「世界一の剣豪」というゾロの野望を「当然成し遂げ得る目標」と捉えた上で、「それくらい」なってもらわないと自分が困ると言う。これはゾロの実力を信頼しているかどうか(本当に世界一の剣豪になれるかどうか)以前に、自分が海賊王になることは確定事項とした上で、ゾロがいつか野望を果たす時を見届ける立場にいる者のセリフです。
たとえば「いいねえ 世界一の剣豪!! おれは海賊王 お前は大剣豪だ!!(一緒に高みを目指して頑張ろう)」というセリフでは、同じスタートラインから一緒に高みを目指すスタンスのニュアンスになりますが、自分はすでに高みに至ることを前提に、ゾロも同じ高みに来てもらわないと困ると言っているわけですね。それもまだ何者でもない一海賊が。
だからこそゾロは「ケッ 言うね」というリアクションになっています。
ルフィ&ゾロの佇まい
ルフィが「ゴムゴムの鞭」で雑魚海兵を一掃した後、ゾロと一緒に立ち並び「どどんっ!」となる1コマがめちゃめちゃかっこよく、これ以上ない最強コンビ感があって好きです。
2人とも顔(表情)を描いていない(隠れている)のが、その強さ(海兵視点での恐ろしさ)の演出としてとてもいい効果を生んでいます。
佇まいだけで絶対に敵わないことが伝わってくる。圧倒的実力差と格の違いが感じられる1コマです。
モーガン(と海兵達)の狂いっぷり
「大佐命令だ 今…弱音を吐いた奴ァ…頭撃って自害しろ」
「このおれの部下に 弱卒は要らん!!!」
「命令だ!!!」
自害しろという命令にさえ従おうとする部下達。この狂った軍隊に対して、
「どうかしてるぜこの軍隊は…!!!」
と口にするゾロ。一番狂犬じみた恐ろしさを持っていたゾロの方がずっと真っ当な感覚を持っていることがわかり、よりゾロの人となりへの信頼が増して、そのギャップによりキャラの魅力が高まります。
それを止めるべくいち早く駆け出したルフィは、
「おれは海軍の敵だぞ 死刑にしてみろ!!!」
とモーガンに殴りかかります。
自分達を助けてくれたことを知った海兵達は「…!」と驚き、複雑な表情でルフィを見つめます。
この表情が素晴らしく、本来敵であるはずの海賊(それも処刑すべく自分達が斬りかかろうとしていた相手)が、自分達を守るために戦ってくれていることに心動かされている様子が読み取れます。
こうしたモブの自然な表情によって、ルフィの言葉や行動に心動かされていていく様子が描かれるのがよかったんですけどね。最近はひたすら言葉にして真正面から説明的にルフィ上げする描写ばかりなので、作者の作為ばかり感じて辟易してしまいます。
また海兵達の表情の後に、無言のゾロの表情を1コマ入れているのもいい効果を生んでいます。
モーガンはルフィに任せ、自分は成り行きを見つつ、もし何かあればいつでも動ける体制をとっていることが読み取れます。この一コマがないと、さっきまで「どうかしてるぜこの軍隊は…!!!」と自分も止めに入ろうと動き出していたゾロはどうなったのだろう、となってしまうため、「ルフィが動いたからモーガンはルフィに任せ、ゾロは状況を見るという判断をした」ことが伝わる描写が必要で、この1コマがその役割を担っています。
ルフィが前線に赴き、ゾロが後方を固めるという隙のない盤石な布陣の中、ルフィvsモーガンの開戦の号令をかけるのはコビー。
「ルフィさん!!! こんな海軍つぶしちゃえェ!!!」
モーガンの個性の一貫性
「身分も低い 称号もねェやつらは…!! このおれに逆らう権利すらない事を覚えておけ おれは海軍大佐 斧手のモーガンだ!!!」
「おれはルフィ! よろしくっ(どーん)」
この頃のルフィの、いい意味での緊張感のなさや能天気さ(自分の実力への絶対的な自信からくるマイペースさ)がつかみどころのなさと底知れなさを感じていいんですよね。
ニカになって文脈関係なくただ「あっひゃっひゃっひゃ」とバカ笑いすることとは意味が違います。
からかっているわけでも挑発しているわけでもなく、そのマイペースさ故に(おそらく)素直に自己紹介しているだけなのですが、普通に見れば舐めた小僧にしか見えないため、
「死ね」
というモーガンの言葉に共感できてしまう笑
そんなモーガンの攻撃をかわすも、金網から外壁まで「ズパッ…!!」と切り裂いてしまう破壊力。
「んな!! なんて切れ味だっ!!!」
というコビーの(一般人)リアクションによって、(ルフィはまるで緊張感を持っていないものの)モーガンの実力も伊達ではないことが伝わります。
これ、今だったら「えーーーーッ!!! 斧で塀がキレたァ〜〜〜〜!!! なんて剛腕なんだ…!!! 大佐の肩書きは伊達じゃありませんよルフィさん…!!!」なんて「説明」しちゃうんだろうな。。自分で書いてて「あ〜うるせェうるせェ…」と思ってしまいます。
さて、第4話の記事で、モーガンは階級や称号に基づく「偉い・偉くない」を絶対の価値基準としていて、「“偉い”ことへの執着」という一点を際立たせることで、キャラの個性をわかりやすく特徴づけているという話をしました。
ここでもその個性はしっかりと踏襲されています。
ルフィが罪人を逃がそうとしている事や「海軍」に反旗を翻している事、舐めた態度で歯向かってくる事への罰という動機以上に、「身分も低い 称号もねェやつらは…!! このおれに逆らう権利すらない」事を教えるためにルフィを殺そうとしている。
こうした一貫性のおかげで、モーガンは最後まで個性際立つ印象的なキャラに仕上がっていると感じます。
バトル描写のスピード感
コビーのリアクションによってモーガンの(一般人目線での脅威的な)強さを描きつつ、ルフィはその攻撃をかわしながら攻勢をかけていきます。
「小僧 死刑だ!!!」
「死ぬかっ」
初期の頃は、敵の「死ね」「殺す」というセリフに対して、「死ぬか」「いやだ」「死なねェよ」と返すことが多かったですが、この「死ぬことなど微塵も考えていない、自分の強さへの圧倒的自信からくるまっすぐな返し」が読んでいて気持ちいいんですよね。
ちなみに、ルフィがモーガンの攻撃をかわして強力な蹴りを入れた後に、ルフィが空中に浮いている「間」が入るのですが、この「間」の後にコビーの「つ…強すぎる…!!!」を入れることで、戦闘のスピード感が表現されています。
この「間」がなく、蹴りを入れた後すぐにコビーのセリフが入ると、コビーがルフィのスピードについていけてる印象になるため、「つ…強すぎる…!!!」というセリフがどこか薄っぺらく説明的なおべんちゃらに見えてしまいます。
この「間」が入ることで、ルフィの身のこなしや息もつかせぬスピードに圧倒され、攻撃を終えた後の「間」でようやくその感想が口から漏れた印象となり、戦闘シーンのスピード感が増し、「つ…強すぎる…!!!」というセリフにもより説得力が出る効果を生んでいます。
トドメを刺す際に、
「なにが海軍だ コビーの夢をブチ壊しやがって…」
とコビーの想いも背負って戦っていたことがわかるのもいいですよね。
ヘルメッポ登場
モーガンにトドメを刺そうとするルフィに対し、「待てェ!!!」と叫び止めに入るヘルメッポ。
それにはっきりと気づいていながら、気にせずモーガンを殴るルフィ笑
「待てっつったろ アホか このォ!!!」
このシーンも何度見ても笑えます笑
普通、味方が人質を取られるシーンって、それによって手出しができなくなり、敵を卑怯に描きながら主人公側をピンチに陥らせるのが定番で王道なので、普通はそうした展開が自然と頭に浮かんでくると思うのですが、尾田先生は、定番シーンに見せかけながらも、そこから少しズラして読者の予想を裏切ってきます。
この「定番・王道展開を描きながら少しズラす」というのが初期のワンピースの特徴で、面白さ(読みやすさ)と飽きなさを両立させるポイントになっているように思います。
ルフィの行動の予想がつかないことや小気味よく読者の予想を裏切ってくる感じが、飽きることなく先を読みたいと思わせてくれるからです。
コビーの覚悟とルフィの笑顔
「ルフィさん!! ぼくは!! ルフィさんの邪魔をしたくありません!! 死んでも!!!」
「ああ…知ってるよ」
ここのルフィの優しい笑顔が最高です。あれだけビビりで弱虫だったコビーが、ルフィの邪魔にならないために命を懸ける覚悟を決める。
「ルフィさん!! ぼくのことなど気にせずモーガン親子を倒してください!!!」「ぼくは殺されても構わないのでモーガン親子を倒してください!!」といった(恩着せがましささえ感じる手垢のつきまくった誰でも考えつくような定番)セリフではなく、「ルフィさんの邪魔をしたくありません!! 死んでも!!!」と言うところに、ただただルフィの人間性や生き様に惚れ込んでいるコビーのまっすぐな思いが表れています。
そんなコビーの想いを「ああ…知ってるよ」と受け止めるルフィ。
この「知ってるよ」には、果たしてどんな意味が含まれているのでしょうか。
「コビーがやるときはやる男で、命を懸ける覚悟を決められる男である事(コビーの覚悟が本物である事)」、あるいは「ルフィの邪魔をするくらいなら死んだほうがマシだと思うくらい自分を慕ってくれている事」。
普通に読めば前者だと思いますが、このルフィの優しい表情を見ると、後者のニュアンスも入っているのかなと思えます。
このように、読者が自由に想像を加えられる自然な余白があるからこそ、言葉少なくても味わい深く、印象的なシーンになるんですよね。(今のワンピースは、間や余白の入れ方さえ「この間ではこういうことを想像してくださいね」という作者の押し付けが前面に出ています。なぜならその間や余白の入れ方が不自然で、作為を感じるから。この点はまた別の記事で触れようと思います)
「諦めろバカ息子 コビーの覚悟は本物だぞ!!」
コビーの覚悟が本物である事を「知ってる」一方、ルフィはヘルメッポにはその覚悟がないことも見抜いています。
命を懸ける覚悟なく殺し合いの場に割って入ってきたこと(だから人を殺す覚悟もないこと)を見抜いているため、その脅しをまるで気にしていません。
このシーンも、人質が「自分のことは気にしなくていい」と覚悟を決めて叫ぶまではベタな王道展開ですが、その覚悟の強さと敵方の覚悟のなさを見抜いて遠慮なく殴りにいくという描き方は珍しいのではないでしょうか。(少なくとも私はみたことがありません)
普通ならどんな雑魚キャラでも、人質を取ったら優勢になり、主人公側は抵抗ができなくなる(雑魚キャラの最後の足掻きとして人質をとって卑怯な交渉をしてくる)という定番展開になりそうなものですが、主人公が「人質の覚悟の方が強くて本物であることがわかっているからこそ、その脅しに一切怯まない」という。
コビーの覚悟を信じているからこそ、ルフィは遠慮なくヘルメッポをぶっ飛ばすことができたわけですね。
このあたりの定番からのズラし方に、「どこかで見た安直な展開にはしませんよ」という尾田先生の確固たるポリシーを感じるんですよね。
「ナイス ゾロ」
コビーを人質に取られたことによるピンチを描くかと思いきや、上記の通りルフィはまるで気にしていない様子。
そんなルフィに背後からモーガンが迫ることで、別のピンチを描きます。
ルフィは背後のモーガンに気づいていない様子で、そのまま“ゴムゴムの銃”を放ちます。
殴り飛ばされるヘルメッポ。
ルフィの後ろにはまだモーガンが斧を構えている中、ルフィは
「ナイス」
と口にします。
これだけだと、自分のパンチを(無事ヘルメッポをぶっ飛ばせたため)「ナイス」と自画自賛しているようにも見えますが、ページをめくると、すでにモーガンはやられていて、ゾロが倒していたことが分かります。
さきほどのルフィの「ナイス」は、ゾロに向けた言葉だったのです。
「ナイス ゾロ」
この演出(コマ運び)が秀逸で、これによってルフィとゾロの連携プレイのかっこよさが際立っています。それも初めてでこの息の合い方ですから、2人のこの先の冒険や戦闘シーンがさらに楽しみになります。
これに対し、
「お安い御用だ 船長(キャプテン)」
と返すのがもう最高すぎて、冒頭で触れた通り、当時このシーンを読んで「ヤベェ…ワンピース面白すぎる…!!」とニヤけが止まりませんでした。
この一言によって、ゾロが本当の意味で「仲間」になったこと、そしてルフィを(自分が下につく)船長(の器)であると認めたことが伝わってくるのが鳥肌ものです。
だから前話(「なってやろうじゃねェか…海賊に!!!」の時点)ではなく、今話のサブタイが「2人目」なわけですね。
全て計算し尽くされた完璧な1話です。
また、最後にモーガンを倒すのが、ルフィではなくゾロというのも新しい。
本来ボスキャラを倒すのは主人公に任せるものですが、先のルフィvsモーガンの描写によって既にモーガンはルフィの敵ではないことが描かれているため、最後のトドメはゾロにさせても何の問題もないわけです。
ルフィとゾロにとっては、(海軍大佐といえど)「どちらが倒すべきか」を考えるまでもないモブ(雑魚)敵に過ぎず、2人の圧倒的強者感と最強コンビ感が効果的に描かれています。
読者が描いて欲しい(ルフィがモーガンを圧倒する)シーンをしっかり押さえながら、定番展開から少しズラした展開を見せて、読者の予想をテンポよく裏切っていく。
文句のつけようのない1話です。
ちなみにここのシーン、ルフィが「ゴムゴムの…」と構えた背後にモーガンが現れた後に、ゾロが「ガチ…」と刀を口に挟むコマが描かれるので、もしかしたら初見でその後の展開(ゾロがルフィの代わりにモーガンを倒す)について予想できた方もいたかもしれません。
私は全く予想しておらず、「ルフィあぶねェどうするんだ!?」と思っていたため「ナイス」の意味もわからず、次のページでようやくゾロが動いていて、「ナイス」はゾロに向けたセリフだったことに気づきました。だからこそめちゃめちゃ興奮したのですが、人によっては(読んだ時の年齢によっては)先の展開が読めていた方もいたのかなと。
このシーンのみなさんの初見時の感想をぜひお伺いしたいです。
次回はいよいよモーガン編の最終話、“仲間”です。
私の中で「ワンピース」は「史上最も好きな漫画」であり、まだ「前半の海」での評価の貯金が残っているからです。
ワンピースが大好きだったからこそ、この先改善されることを(いつまでも)期待して読み続けてしまっているわけです。その期待や熱量がゼロになったら読まなくなると思います。
実際「エッグヘッド編」以降、つまらなさが許容量を超えてきており、熱量は急速に冷めてきています。コミックスも104巻からついに購入をやめました。
ジャンプは購読して読み続けていますが、これもお金の無駄だと感じるようになったら卒業するかもしれません。
ニーズがあるからです。
上記の通り、最初は「史上最も好きな漫画」であったことから、(この先つまらないワンピースとして残りのエピソードが削られていくことに耐えられず)改善されることを願って批判をしてきましたが、もはや作品は崩壊し切ってしまったため、今は改善を期待しているわけではありません。
ただ、ワンピースという作品は、日本一売れている漫画だからこそ、熱量の高い(高かった)読者も多く、私と同様に「つまらなくなってしまった」と感じ、それを無念に思い、不満や釈然としない気持ちを抱えている読者の数も多いのです。
そういう方達にとっては、自分の気持ちを代弁してくれる記事や、自分の本音の感想をコメントして、同様の感想を抱いている方達と共有できる場には一定の価値があり、そうしたニーズに応えることにもまた一定の価値があると思っているため、運営を継続しています。
ニーズがあるからです。
ブログのようにテキスト情報だけ(それも超長文)だと、文章を読み慣れていない人にはハードルが高かったり、読む気にならなかったりする(実際、そのような声やリクエストがあった)ため、記事を動画化してYouTubeに投稿することにしました。
もっと批判や誹謗中傷コメントで溢れるかと思っていましたが、(ブログ読者の方に限らず、新規の方でも)共感し、更新を楽しみにしてくださっている方が相当数いて、ここにもニーズがあることがわかったため、運営を継続しています。
余計なお世話としか言いようがありません。
自分の人生の時間の使い方は自分で決めます。
あなたこそ、見ず知らずの他人の人生に意見するような無駄な行為に時間を使うのはやめたほうがいいのではないでしょうか?
他人の人生に口を出す前に、どうぞ自分の人生の心配をしてください。
論理が破綻しており、全く筋違いな言い分です。
プロの作家が商業作品として世に販売している時点で、それを購入した側が評価したり、感想を述べたりするのは当然に許された権利です。
私は読者(消費者)であって、漫画家ではありません。漫画を描きたいわけではなく、面白い漫画を読みたいからお金を払って購入している立場であり、購入した作品の内容に不満があるから、批判的な感想を述べているわけです。
あなたはお金を払って観に行った映画が酷い仕上がりでも、「自分に映画は作れないから文句は言えない」と考えて口をつぐむタイプですか?
購入したゲームがクソゲーでも、「自分では作れないから文句を言う資格はない」と考えるタイプですか?
お金を払って観に行った音楽ライブで、アーティストが音を外したり声が出てなかったり歌詞を間違えまくったりして全く感動できないパフォーマンスを披露しても、「自分のほうが歌が下手だから批判すべきじゃない」と思うのでしょうか?
飲食店でマズい料理を出されても、「自分で作れないんだから(店を開いてないんだから)文句を言う権利はない」とか、「文句を言えるように、まずは自分で作れるようになろう(店を出せるようになろう)」と思うのでしょうか?
市場に商品として投下されている時点で、それを購入した消費者からの評価は避けられません。作り手はそれを分かった上で、自らの意志で作り手側(買い手から評価される立場)を選んでいるのです。
一方の消費者は、自分ではできないからこそお金を払って人に任せているのであり、そこで期待したクオリティに達していなかった場合に、低評価を下したり、批判したりするのは当然に許された権利です。
「購入した商品について批判するためには、自分がその商品以上のクオリティのものを作れなければならない(文句を言うなら自分で作れ)」なんてあまりにも本末転倒で筋違いな暴論です。
頭の悪い人だとバレてしまうので、金輪際そうしたコメントはしない方がいいですよ。
尚、私がこのブログで批判しているのは、基本的に尾田先生(漫画家)ではなく、担当編集者です。編集者視点で、「なぜこの部分を直さないのか」「なぜこの内容でOKを出してしまうのか」という批判をしているのです。
その意味でも「文句言うなら、自分で描いてみては?」という主張は的外れですが、もし「文句言うならお前が編集者をしてみろ」と言われ、実際に依頼をしていただけるのであれば、私は喜んでお受けします。
そして、私が編集者になった後のワンピースがつまらなければ、当然批判も受けとめます。
その覚悟を持って(編集者を)批判していることをご理解いただければと思います。
心配しています。
このブログでは、基本的に尾田先生ではなく、担当編集者を批判するスタンスをとっており、尾田先生の健康や多忙を心配するコメントを過去に何度もしています。
なんなら長期休載に入ることや、連載ペースを落とすことを推奨している立場であり、そうした対応をせずに原作以外の仕事を次から次へと振りまくって尾田先生に負担をかけ、作品の劣化を放置し続ける編集者を批判しているのです。
なぜなら、1人の人間が週刊連載で何十年も面白い作品を(世間とのズレを生む事なく)描き続けることなど、そもそも不可能だからです。肉体的に困難なのはもちろん、作者1人の感覚で何百万人という読者の感覚とズレることなく、質の高い作品を描き続けることなどできるはずがないのです。
そのズレを正すのが編集者の役割であり、作品の質を維持するためには編集者の客観的視点が不可欠だというのに、全く機能していないことが露骨に作品に出てしまっており、にもかかわらず原作以外の大量の仕事を振って尾田先生からネームや作画の時間を奪い続け、作品の劣化に歯止めがきかない状況を進行させているため、その点を指摘して批判をしているわけです。
尾田先生の健康面の心配はしていますし、「作品への批判」と「健康面への心配」は両立するものです。
思いません。
「少年漫画」だから大人の観賞に耐え得るクオリティになっていなくて当然(あるいはそれでも問題ない)という考え方は、「少年」の読解力や感性を「(自称)大人」の勝手な思い込みと偏見で侮り、間接的に「少年漫画」を見下していることと変わりません。レッテルに囚われた思考停止人間の典型です。
少年を侮り、少年漫画を見下し、少年漫画のファンとして感想を述べ合う大人達を「異常」だと言ってのける人間のほうが、よっぽど異常だと私は思います。
読者アンケートの順位は相対的なものなので、「1位のままだからワンピースは劣化していない」という論理は成り立ちません。
ワンピースがどれだけつまらなくなっても、他の作品が抱えているファン数がワンピースよりも少なければ、ワンピースは永遠に1位のままです。「アンケート回答するファンの数=作品の絶対的な面白さ」ではありません。
ワンピースは「前半の海」で蓄積した熱狂的ファンがあまりにも多いので、ジャンプのアンケート回答においては、今度もほとんど1位をとり続けるでしょう。
私の中で「信者」の定義は、「何を描かれても無条件に絶賛し、全て肯定的に解釈して作者を持ち上げる読者」を指しています。
そのため「つまらない部分やおかしいと思う部分は多少あれど、普通に面白いし楽しめている」とか、「前半の海よりも面白さが失われたとは思うけど、新世界編も総じて楽しめている」といった読者は、私の言う「信者」には含まれません。
作者にとって有害かどうかは作者が決めることですので、本人に聞いてみてください。
ただ「つまらない」「くだらない」「ゴミ」「読む価値がない」「お金の無駄」「オワコン」「資源の無駄」といった捨て台詞で、作品を貶めるだけの(ほとんど誹謗中傷でしかない)批判は「有害」だと思いますが、きちんと作品を読み込んだ上で、「なぜつまらないのか」「何が問題なのか」を考え、「どうすれば改善されるのか」まで提示した上で行う「論理的な批判」は、(作者個人は求めていないにせよ)私は「有害」とは思いません。
というより、そうした批判を行う権利は誰にでもあるので、それが有害かどうか議論すること自体がナンセンスです。
それこそ「嫌なら読まなければいい」のです。
煽り体制が低いのは事実ですが、勘違いコメントや難癖コメントを放置すると、それを見た方に誤解を与えたり、場が荒れたりしやすく、早々に対処しておく必要があるため、説明なり反論なりをしています。
えてしてそういうコメントをする人ほど、放置するとそれを「肯定」と見做して、さらに誤解を強めて暴走しやすい傾向にあるからです。
たとえば「煽りコメントにだけ返信してねェw 効いてる効いてるww」とか「図星だから反論できねェんだw」とか「何も言い返せないから逃げやがったww 悔しかったら反論してみろやww」のような言い分です。(そうなると対処にさらに時間がかかるので、早めに処理しています)
また、私への直接的な質問系のコメントやうれしいお言葉にも、できるだけ早めに答えるようにしています。
記事への感想や建設的なコメントについては、読者さん同士でコメントやリアクションをしていただけているので、慌てて私がコメントせずにおまかせしている部分もあります。私がコメントするとそこでやりとりが終わってしまい、読者さん同士の会話が生まれづらくなったりもするので。
色々状況を観察しながら、よいコメント欄になるよう運営していきたいと思っています。
この話の海兵達の表情大好きなんだよなあ
自身の命が助かった事もあるだろうけど、自分たちじゃ敵わないような上司に対して喝を入れる存在がいたのだという安堵感?みたいなものが伝わってくる
この頃は名もなき脇役達の描写も素晴らしくて、パッと出なのに今も印象に残るキャラが多かったなぁ
>ちなみに私は、腹切ってわびるほどの責任を負う「野望を断念する様な事」(つまりルフィのせいでゾロが野望を断念する様な事)とは具体的にどのようなケースが考えられるか(ゾロはどのようなケースを想定しているのか)、当時想像してみたのですが、いまだにイメージが湧かないんですよね…笑(もし具体例が挙げられる方がいたら教えていただきたいです)
「野望を断念する様な事」の主語はゾロではなくルフィではないでしょうか?「お前(ルフィ)が海賊に勧誘したのに、海賊王になること(野望)を諦めるなんて許さない」という意味だと思います。
ルフィを自分の上に立つ器を持った男と認めて付いていくことを決めたというのがテンポの良い展開の中でしっかり描かれていて素晴らしいですね
>野望を断念する様な事があったら その時は腹切っておれにわびろ!!
アーロン戦ルフィの「おまえに勝てる!」のとき、ルフィによってひどい目に遭わされたゾロがポロっと言ってた「もし死んだら殺してやる…」が意外と当てはまるのかなって
「航海の果てに野望を断念するようなこと(=ルフィ海賊団の全滅・ゾロ自身が夢をすてるほどの肉体欠損とか)があったら、たとえルフィ自身もそのときにはもう死んでいようと絶対にルフィに責任を取らせてやる」っていう、ゾロなりの一蓮托生を言い換えた言葉なのかなぁって思いました
個人的に三刀流の有効性が一番よう描かれとるシーンやと思うわ
ちょっと面白すぎますね…
また読み返したくなりました
自分はゾロが助けに入るだろうとは思いましたが、モーガンの攻撃をゾロが刀で止める→ルフィがとどめを刺すだと思ったので、予想は裏切られました笑
ゾロのクールな雰囲気から馴れ合い嫌いなタイプかと思っていたので「お安い御用だ、船長」でそのイメージも見事に裏切られてゾロの魅力がすごく上がりましたね。